同じ家庭で育った兄弟でも、日本語の学び方は違いました。上の子は、年齢的にも新しいことを理解するのが早くなっていたので、夏休みにカタカナを学び、一つ上のクラスに進むことに挑戦しました。
カタカナだけでなく、クラスで必要になる日本語も一緒に勉強しました。その結果、一つ上のクラスに進むことができました。最初は、それまでの友達と離れることを少し寂しく感じていたようです。それでも、挑戦してできたという経験は、日本語に対する自信になりました。
一方、下の子は、自分のレベルに合った内容を、少しずつ進めました。お兄ちゃんと同じ方法を選ぶのではなく、自分にとって無理のない速さで学んでいました。
同じ親から生まれ、同じ家で暮らし、同じように絵本を読んできた兄弟です。それでも、得意なことも、挑戦する時期も、負担に感じることも違いました。
以前の私なら、二人を比べていたかもしれません。「お兄ちゃんにできたのだから、弟にもできるはず」「同じように教えたのに、どうして違うのだろう」そう思ったかもしれません。
でも、二人にはそれぞれの道がありました。早く進むことが、その子にとっていつも一番よいとは限りません。ゆっくり進むことが、遅れているということでもありません。
自分に合った速さで、日本語を嫌いにならずに続けること。それが、長い目で見れば大切なのだと思います。
『ママの日本語は、ちゃんと届いている』
がんばりすぎない日本語教育と絵本の読み聞かせについて、私自身の体験を交えてまとめました。