日本語学校では、日本の文化を学ぶために、ひな祭りやこいのぼりなどの工作をすることがありました。紙を切る、折る、のりをつける、見本を見ながら形を作る——子どもたちにとっては、言葉だけでなく、手も使う活動です。
工作を始めると、少し難しいところですぐに、「先生、やって」と助けを求める子どもがいます。一方で、うまく切れなくても、時間をかけて自分でやろうとする子どももいます。
私は、やり方を見せたあと、できるだけすぐに手を出さないようにしていました。大人がやった方が、早くてきれいにできます。子どもが苦労している姿を見ていると、手伝いたくなります。でも、私が全部やってしまえば、完成した作品はきれいでも、子ども自身の「できた」という経験は少なくなります。
そのため、「こうすると、やりやすいよ」と見せたら、少し待ちます。その時間は、大人にとって長く感じます。でも、子どもが自分でやってみて、「できた」と思うために必要な時間です。
自分で切れた。自分で書けた。自分で読めた。自分で思い出せた。その喜びが、「次もやってみよう」という気持ちにつながります。
日本語の勉強でも、すぐに答えを教えず、少し待つことがあります。子どもが思い出そうとしているなら、その時間を残します。もちろん、困っているのに長く放っておく必要はありません。全部を代わりにするのではなく、次の一歩だけを助けます。
最初の音を教える。絵を指す。二つの答えから選ばせる。一緒に最初の文字を書く。少しの助けで子ども自身ができたなら、その経験は子どものものになります。
『ママの日本語は、ちゃんと届いている』
がんばりすぎない日本語教育と絵本の読み聞かせについて、私自身の体験を交えてまとめました。