私は考えた末、子どもたちに日本語を完璧に身につけさせることを目標にするのをやめました。わが家の場合、まず願ったのは、日本にいる家族と簡単な会話ができることでした。
そして、簡単な日本語の文章を少し読めるようになってくれたら嬉しい。その先は、本人がもっと勉強したいと思ったときに、自分で進んでいけばいい。
私の役目は、日本語を完成させて子どもに渡すことではなく、子どもが将来、日本語に戻りたいと思ったときに戻れる入り口を残しておくことなのかもしれない。そう考えるようになりました。
目標を小さくしたら、不思議なことに、私の気持ちも少し楽になりました。すべてを教えなければならないと思うと、できていないことばかりが目に入ります。でも、「日本の家族と少し話せたらいい」と思えば、今日覚えた一つの言葉を喜ぶことができます。
小さな喜び
- 「ありがとう」と言えた
- おばあちゃんの質問に「うん」と答えられた
- 好きな食べ物を日本語で伝えられた
それだけでも、目標に近づいています。
目標を小さくすることは、子どもの可能性を小さくすることではありません。今の親子に合った、続けられる入り口を作ることです。小さな一歩を続けた先で、子どもがもっと日本語を知りたいと思うかもしれません。そのときに、また次の目標を考えればよいのです。
『ママの日本語は、ちゃんと届いている』
がんばりすぎない日本語教育と絵本の読み聞かせについて、私自身の体験を交えてまとめました。